あれはロスアンゼルスで、アメリカ人と初めて喜劇映画を見たときのことだった。残念なことに、そのころは、喜劇映画を見ても言葉が不自由なところに加えて、彼等のジョークそのものがわからなかった。場面ごとの会話のおかしさに周囲は爆笑のうず、そのうずの中で愚かにもと言うか、みじめにもと言うか、一人ハラハラとほおを伝う涙を押えようがなかった。自分の状態を適格に英語で表現できなかつたころの私は、こと更日本を遠くに感じ、この得体の知れない世界の中で自分自身を見失ってしまうような錯覚さえ感じていた。だれが悪いのでもない。思いやりがないわけでもない。ただ英語で彼等と意思の疎通がはかれなかった事と、アメリカ人の生活そのものをあまり知らなかったということなのだろう。そのころの私は、日本人とアメリカ人の間には、単に言葉の相異だけでなく、習慣の違いからくる考え方、発想の違いがある事を感じ始めていたのだ。あれから30年たった今でも、悲しいかな、彼等の生活を理解することと、自分自身をその中になじませることとの間には大きな相異があると感じている。